嵐大好き、ニノ大好き!なオバさん(笑)のブログです
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いま外では台風の影響で雨がざんざか降っていますが、東向きに巻く風が吹かないことを祈ります・・・出窓の隙間から雨漏りするので。


ナント、前回エントリーから1ヶ月近くたってしまいましたよ!

アラシゴトは何があったんだっけ・・・?
パッと思いつく限りでは潤くん誕生日に国立コンサート、祝・嵐結成12周年てところかしら?

潤くん舞台は落選・・・。
まあ、他にもコンサートだとかジャニ以外の舞台だとかあるので、金銭的には落選でよかったのかも・・・だけど(苦笑)。


個人的に大きな出来事があって、ちょっとバタバタしていました。




末期がんで抗がん剤治療はせず、自宅で介護を受けながら一人暮らしをしていた叔母が亡くなりました。

夏に入ってから、だんだん身の回りのことが自分でできなくなっていたらしいのですが、着替えようとしたときに転倒してから(幸い骨折はなかったのですが)全く動けなくなり、寝たきり状態に。

介護度を上げてもらって、ヘルパーさんに入ってもらう回数を増やそう・・・としていた矢先に、具合が悪くなって救急車で病院に運ばれ、もう少しもつかと思っていたのですが、入院5日で還らぬ人となりました。

でも、亡くなるときにはついていてあげられたし、がんの痛みを訴えた期間も短かったし、死後火葬までの時間があいていたので、夜二日間私一人で叔母の家に泊まったので(一人で怖くなかった?と聞かれたけれど、大丈夫でした・笑)孝行?はできたんじゃないかな・・・と。

まあ、親戚間でかなりゴタゴタもあったんですけれどね(苦笑)。

で、ちょうど叔母が病院に運ばれた次の日に『神様のカルテ』を観に行って(前日に座席指定をとってました)。
現実のほうがハードだったので、もしかしたらそれほど感動できなかったのかも・・・と思いましたが、いい映画ではありました。
翔ちゃんの髪型見て笑ったらどうしよう・・・と思っていたのに大丈夫だったし。
・・・あ、でもすンごくなで肩が気になるところがあったわ(笑)。

現実と照らしあわせて医療の現実を考えさせられるところもあり。

末期がんで手のほどこしようがない、あるいは抗がん治療を拒めば、基本、病院には入院させてもらえない。
施設に入るとしたら、緩和ケアのあるホスピスになるし、空きが出るまで何ヶ月も待たなきゃならない場合もある。

叔母も救急車で運ばれたものの、治療をするわけではないので、最初は別の病院を探してください、と言われたのですよ。
結局、あまりにも衰弱が激しくて、次の病院が決まっても移すことができないし、週単位でしか考えられないだろう・・・ってことで転院の話はなくなったんですが。

それを考えると、一止先生の病院に最後までいられたってことは患者さんにとっては幸せだったよなあ・・・

一止せんせが患者さんを救えない・・・って嘆くシーンがあるんだけど、末期がんの患者さんを病気から救うことはどんな医師でもできないよ。
ホント、ただ見守ってくれるだけでいいの。
患者さんにもその家族にも優しい言葉をかけてくれるだけでいいの。

別に病気の進行具合を本人に隠せとは言わないけれど、言い方もあるでしょ・・・と(特に)大学病院の先生と接して感じたわ。

妹もケアマネやっていて、重病人や介護度の高い人がいる家庭は、その家族に対するケアも大切だって言ってた。

・・・などと、今回はいろいろ考えさせられました。
話まとまっていないけど(苦笑)。



あと、個人的に大きな出来事・・・というか節目を迎えたのですが。

ワタクシ、18日にこの世に生を受けて半世紀となりました。
・・・って50歳になったってことだけどね!(笑)

でもね、もう50かよ・・・って落ち込んでいるわけではなくて。

実は母が亡くなったのが55歳で。
当時、少なくても母の年齢までは生きたい、って思っていたのよね。

しかし、その年齢まであと5年しかないわけじゃん!
絶対あと5年じゃ生き足りない。
まだまだやりたいこともいっぱい。

・・・そのためには健康管理もしっかりしなきゃ・・・なんだけど。

運動もせずにカロリーの高いものバクバク食べて。
こ~んな遅くまで(現在2時過ぎ)起きてPC打ってるようじゃダメよね(爆



気だけは若く(笑)。
これからも好きなこと追いかけていきたいと思ってます♪



まとまりないまま終わる。




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末期がんで抗がん剤治療はせず、自宅で介護を受けながら一人暮らしをしていた叔母が亡くなりました。

夏に入ってから、だんだん身の回りのことが自分でできなくなっていたらしいのですが、着替えようとしたときに転倒してから(幸い骨折はなかったのですが)全く動けなくなり、寝たきり状態に。

介護度を上げてもらって、ヘルパーさんに入ってもらう回数を増やそう・・・としていた矢先に、具合が悪くなって救急車で病院に運ばれ、もう少しもつかと思っていたのですが、入院5日で還らぬ人となりました。

でも、亡くなるときにはついていてあげられたし、がんの痛みを訴えた期間も短かったし、死後火葬までの時間があいていたので、夜二日間私一人で叔母の家に泊まったので(一人で怖くなかった?と聞かれたけれど、大丈夫でした・笑)孝行?はできたんじゃないかな・・・と。

まあ、親戚間でかなりゴタゴタもあったんですけれどね(苦笑)。

で、ちょうど叔母が病院に運ばれた次の日に『神様のカルテ』を観に行って(前日に座席指定をとってました)。
現実のほうがハードだったので、もしかしたらそれほど感動できなかったのかも・・・と思いましたが、いい映画ではありました。
翔ちゃんの髪型見て笑ったらどうしよう・・・と思っていたのに大丈夫だったし。
・・・あ、でもすンごくなで肩が気になるところがあったわ(笑)。

現実と照らしあわせて医療の現実を考えさせられるところもあり。

末期がんで手のほどこしようがない、あるいは抗がん治療を拒めば、基本、病院には入院させてもらえない。
施設に入るとしたら、緩和ケアのあるホスピスになるし、空きが出るまで何ヶ月も待たなきゃならない場合もある。

叔母も救急車で運ばれたものの、治療をするわけではないので、最初は別の病院を探してください、と言われたのですよ。
結局、あまりにも衰弱が激しくて、次の病院が決まっても移すことができないし、週単位でしか考えられないだろう・・・ってことで転院の話はなくなったんですが。

それを考えると、一止先生の病院に最後までいられたってことは患者さんにとっては幸せだったよなあ・・・

一止せんせが患者さんを救えない・・・って嘆くシーンがあるんだけど、末期がんの患者さんを病気から救うことはどんな医師でもできないよ。
ホント、ただ見守ってくれるだけでいいの。
患者さんにもその家族にも優しい言葉をかけてくれるだけでいいの。

別に病気の進行具合を本人に隠せとは言わないけれど、言い方もあるでしょ・・・と(特に)大学病院の先生と接して感じたわ。

妹もケアマネやっていて、重病人や介護度の高い人がいる家庭は、その家族に対するケアも大切だって言ってた。

・・・などと、今回はいろいろ考えさせられました。
話まとまっていないけど(苦笑)。



あと、個人的に大きな出来事・・・というか節目を迎えたのですが。

ワタクシ、18日にこの世に生を受けて半世紀となりました。
・・・って50歳になったってことだけどね!(笑)

でもね、もう50かよ・・・って落ち込んでいるわけではなくて。

実は母が亡くなったのが55歳で。
当時、少なくても母の年齢までは生きたい、って思っていたのよね。

しかし、その年齢まであと5年しかないわけじゃん!
絶対あと5年じゃ生き足りない。
まだまだやりたいこともいっぱい。

・・・そのためには健康管理もしっかりしなきゃ・・・なんだけど。

運動もせずにカロリーの高いものバクバク食べて。
こ~んな遅くまで(現在2時過ぎ)起きてPC打ってるようじゃダメよね(爆



気だけは若く(笑)。
これからも好きなこと追いかけていきたいと思ってます♪



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【2011/09/21 02:04】 | ひとりごと
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